ネギシ・マタハラ事件の取り組み

事案の概要

 30代の中国人女性である上告人は、2004年に留学生として来日して大学等で学んだ後、2011年7月からカバンの製造・卸売業の会社であるネギシ(東京都台東区)で、製造管理や営業サポート等の仕事をしてきました。ところが、社長に妊娠を告げた2か月後、これまで一度も言われたことがない「協調性がない」「社員として適格性がない」という理由で、2014年8月12日に、同年9月30日付解雇を通知されました。背景として、上告人は、入社してから順調に働いていましたが、2013年秋に製品の検品を行う部門でリストラがあって以降、検品・出荷作業が遅れ気味になり、立場上検品部門のパート社員に対し、作業を急いでほしい、効率的に進めてほしいと指示しなければならなくなりました。上告人は、流暢な日本語を話すものの母国語でないため婉曲的な表現ができず、率直に意見するため、60代前後の女性を中心とする検品部門のパート社員から快く思われていませんでした。そのため2014年5月末頃には社長から検品部門のあるフロアには行かないようにと言われましたが、協調性や適格性について注意を受けたことはなく、譴責処分を受けたこともありませんでした。このような状況の中、上告人は2014年5月に妊娠が分かり、翌月に社長に報告しましたが、その2か月後に突然解雇通告されました。

出産後も、子育てをしながら働き続けようと考えていた上告人は、強いショックを受けました。会社は、上告人が「妊娠したこと」を解雇の理由に挙げていませんが、上告人は妊娠以外に思い当たることはありませんでした。上告人は、妊娠中に解雇され、出産を1か月後に控えた状況で、解雇にどうしても納得できず、「子どもを産む権利を守りたい」と考え、2014年12月19日、東京地裁に提訴しました。


一審の勝訴判決

 2016年3月22日、東京地裁は、上告人の請求をすべて認める勝訴判決を言い渡しました(東京地裁民事第11部・五十嵐浩介裁判官、労働判例1145号130頁)。一審判決は、雇用機会均等法9条4項を使わないで、そもそも会社の主張する解雇理由は事実に反するし、仮にその事実があったとしても、有効な解雇理由にならないとして、労働契約法16条を使って、解雇を無効としました。


控訴審でまさかの逆転敗訴判決

 会社は、一審判決を不服として、控訴しました。控訴審判決は、まさかの逆転敗訴判決が下されました(2016年11月24日、東京高裁第8民事部・阿部潤裁判長、労働判例ジャーナル60号)。控訴審判決は、会社が一審で提出した従業員のほとんど全員の陳述書や、多数の尋問結果に基づいて、会社の主張する「協調性がない」という解雇理由を認めました。会社は、解雇前に、上告人に対して懲戒処分もしていないし、始末書の提出も求めていませんが、小規模の会社だから、解雇に至る過程が十分に記録化・証拠化されていなくても致し方ない、としました。雇用機会均等法9条4項については、別の解雇理由が認められるのだから、本件解雇は上告人が妊娠したことを理由としたものではないことを会社が立証したといえるから、同項但書により本件解雇は無効とならないとしました。これはきわめて問題のある判決です。この判決が確定すれば、雇用機会均等法9条4項は存在意義のない、無意味な規定ということになってしまいます。雇用機会均等法9条4項には、妊娠したことを理由とした解雇ではないことを立証すれば解雇が無効とはいえなくなる、としています。他の解雇理由があることを立証しただけでは、「妊娠したことを理由とした解雇ではないこと」を立証したことにはなりません。例えば、会社が妊娠を知る前から、解雇することが決定していたなどの場合でなければ、解雇を有効と認めることはできないはずです。また、小規模な会社だから、解雇に至るまでの過程が十分に記録化・証拠化されていなくても致し方がないとして、安易に解雇を認めたことも問題です。これまでの判例の多くは、解雇に至る過程が十分に記録化・証拠化されていなければ、「協調性がない」といった解雇理由を認めていないのです。


上告審における主張

 まず、控訴審判決は、広島中央保健生協事件最高裁判例(最一小判26・10・23労働判例1100号5頁)と相反する判断であること、上記最高裁判決の枠組みに沿った判断がされなければならないと主張しました。そして、その判断にあたっては、①解雇は他の不利益取り扱いとは質的に異なる、多大な不利益を与えるものであり、かつ、労働者側に有利な影響は一切ないことにかんがみ、より厚い保護を要し、容易に特段の事情が肯定されてはならないこと、②本件で解雇理由とされた協調性・適格性の欠如は妊娠前から問題となり得るものであるから、敢えて妊娠判明後にこれらを理由として解雇することは妊娠を理由とした解雇を事実上許すことになりかねないこと、妊娠判明後の協調性・適格性の欠如が解雇理由に含まれている場合には妊娠したことによる体調への影響が解雇理由に含まれている可能性を排除できず、使用者側が妊娠の要素なく解雇を判断したことにはならないことを強調しました。

 均等法9条4項の文言「妊娠中の女性労働者及び出産後一年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。」からすれば、但書の立証対象は労働契約法16条とは異なるはずです。同項の新設を含む均等法改正時の厚生労働委員会議事録を読むと、同条3項に加えて、解雇のみを取り上げて原則無効とする同条4項が規定されたのは、妊娠・出産等を理由とする解雇が横行する状況に鑑み、妊娠出産等を理由とする不利益取扱いの禁止(同条3項)の実効性を担保するため、妊娠中の解雇を抑止するためです。均等法の目的・基本的理念を実現するため、また、労働者が解雇のおそれなく、生活に不安なく、安心して子どもを生み育てる権利を保障するためでもあると言えます。妊娠中及び出産後1年間は特にホルモンバランスの変化等により精神面を含む体調面で通常の状態とは異なり、当該労働者が本来有する能力や適格性等が表れている状態とは言えない。したがって、この間に行われる、労働者の能力や言動、適正などを理由とした解雇は、妊娠を理由とする不利益取扱いである可能性を排除しきれないのです。同項は妊娠中及び出産後1年間という「期間」の解雇禁止です。期間に着目して解雇を制限した趣旨に鑑みると、当該期間内の解雇は強く禁止しなければなりません。また、同項は妊産婦に対する解雇について事業主が妊娠・出産等の事由を理由とする解雇でないことを証明しない限り、無効という法律効果が当然に発生する民事的効力を定めた、他の労働法規に類を見ない規定です。このような立法形式の特殊性からしても、同項但書には労契法16条とは別の立証が要求されていると考えられます。均等法9条4項但書は、立法形式上、解雇を無効とする法律効果を覆す立証が求められていることに鑑み、その立証の程度は労契法16条の適用場面よりも、一層高い立証が求められていると考えるべきです。

 さらに、本件の特殊性として、会社は職場環境配慮義務の一環としての「異文化理解力向上等措置義務」を負っていると主張しました。これは外国人労働者を雇用する使用者は職場環境配慮義務の一環として労働者の異文化理解力の向上や外国人労働者へのコミュニケーション支援を行う義務を有していると解すべきであるという主張です。具体的には、会社としては、中国語を母国とする上告人の発言が直接的な表現になりやすいことを理解し、これを他の職員に対して伝えるべきでした(異文化理解力の向上措置)。また、上告人に対して単に言葉遣いや態度を改めるようにと注意するのではなく、上告人の発言が他の職員にどのように受け取られているのかを認識させ、発言の内容をどのように変えるべきなのかを具体的に指導すべきでした(コミュニケーション支援)。しかし、会社はこのような措置をしていません。


最高裁が上告棄却の不当決定

 2017年7月4日付で、最高裁は、ネギシ・マタハラ事件の上告を棄却しました。

3月4日に「上告申立理由書」を提出してからわずか4カ月での決定でした。

この決定は妊娠中の女性労働者に対する解雇を容認する不当決定であり均等法9条4項を有名無実化するものです。

均等法9条4項「妊娠中・産後1年以内の解雇は「妊娠・出産等による解雇ではないことを事業主が証明しない限り無効となる」 が2006年新設された背景には、妊娠中の解雇が横行していたことがあります。妊娠しても解雇の心配をせず、女性が、安心して働き、子育てができる環境を作るための法的整備でした。上告理由書にも記載されていますが、この均等法改正での国会審議では、どのような場合が「有効」な解雇であると認められるのかという質問に対して、①整理解雇により所属部門の労働者が全て整理解雇されるような個別事情を考慮できない場合や、②明白に懲戒解雇規定に該当するような服務規律違反を犯した場合などが想定されるという返答をしています。

このように、妊娠中・産後1年以内の解雇は、原則禁止であり、今回のネギシ・マタハラ事件に対する高裁判決、そして最高裁の決定は、均等法9条4項の存在意義を否定するもので、まさに歴史の逆戻り、司法の反動化を証明する何物でもありません。


おわりに

 マタハラで不利益を受けた労働者の多くは、泣き寝入りせざるをえない状況におかれています。日本の労働組合は十分な支援を行ってきたとはいえないでしょう。

 私たち労働組合がマタハラの相談を受け、積極的にこの問題に取り組んでいく必要があります。使用者との交渉により解決が出来ない場合は、弁護士を紹介し、裁判を支援することも検討すべきです。また、マタハラが許されないことであることを使用者に伝え、さらに、社会に訴えていく活動も必要です。外国人労働問題についても同じことがいえます。この裁判が、妊娠を理由とする解雇が許されないことを企業に知らせ、また、マタハラ解雇の被害者が声を上げるきっかけになればと思います。